コラム

中国水工環境コラム第79回 秋吉台はサンゴ礁だった

秋吉台はサンゴ礁だった

中国水工環境コラム第79回(2026 年11月)
執筆者:中国水工(株)環境アドバイザー 大田啓一

 半年ばかり前の2026年4月23日、「Mine秋吉台」がユネスコ世界ジオパークに認定されました。このジオパークは美祢市全域を対象とするもので、テーマは「白・黒・赤」です。さて、何の色でしょうか?白は秋吉台や秋芳洞の石灰岩です。黒は石炭、特に無煙炭の色で、赤は長登(ながのぼり)銅山などで掘っていた鉱石の色だそうです。「白・黒・赤」は美祢市のあちこちに分布しているために、Mine秋吉台ジオパークは美祢市全域を対象にしているのです。今回は三つの色のうちの「白」、すなわち石灰岩について、それがたどった道を考えていきましょう。

 石灰岩は炭酸カルシウムを主成分とする岩石です。炭酸カルシウム(CaCO3)のCaは海水中のカルシウムイオンで、CO3は海水に溶け込んだ空中の二酸化炭素CO2に由来します。カルシウムイオンと二酸化炭素を集め、反応させて秋吉台の石灰岩となる炭酸カルシウムをつくったのはサンゴでした。そのサンゴは南の海の火山島の周りに育ち、火山活動を終えて水没する島の頂上を覆うサンゴ礁をつくっていきました。今から3億5千万年前のことです。この年代を教えてくれたのは秋吉台の石灰岩から見つかったフズリナでした。

 フズリナは古生代後半(3.5億~2.5億年前)に大繁茂し、突然、絶滅した海洋生物です。生育年代がわかっているために、岩石や地層の年代決定にしばしば使われてきました。秋吉台でフズリナ化石をみつけたのは東京帝国大学の学生だった小澤儀明(1899~1929年)でした。彼は将来を嘱望されながらも腸チフスのために夭逝しました。短い研究期間でしたが、地質学・古生物学の分野で挙げた業績は輝かしいものでした。その一部は秋吉台科学博物館で公開されており、私も10月の3連休の中日にここを訪ねて学んできました。近くの秋吉台展望台の賑わいぶりとは対照的な雰囲気の中で勉強できました。

 ところで、3億5千万年前の南の海のサンゴ礁はどのようにして秋吉台になったのでしょうか。その道のりはプレートの運動、プレートテクトニクスによって説明されています。海洋プレートに乗っていたサンゴ礁はゆっくりと北上を続け、そして、大陸プレートにぶつかります。サンゴ礁の下にある島の本体は大陸プレートの下に沈み込み、サンゴ礁は大陸プレートの上に押し上げられました。そこがずっと後に美祢市となる場所だったというわけです。やがてサンゴ礁は石灰岩となり、秋吉台・秋芳洞を造ったとされています。

 Mine秋吉台ジオパークは眺めて美しく、地質学・地球科学の最良の教科書ともなる場所です。事実、私の同僚だった地質学の先生は景清洞を観て地質学者になる決意をしたそうです。このジオパークの教育的環境をうまく整えれば、多くの研究者が育つ可能性があると思えてきました。

著者撮影

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