海の中は騒がしい
中国水工環境コラム第72回(2026 年3 月)
執筆者:中国水工(株)環境アドバイザー 大田啓一
海の中は静寂な世界かというと、実際はそうではないようです。黒い殻のムラサキイガイ(ムール貝)も音源の一つです。この貝は何本もの糸(足糸)を伸ばして水中の網や構造物に付着します。足糸先端の接着剤は強力で、体の固定には好都合ですが、環境変化に応じて移動する際には足かせになります。そこで、ムラサキイガイは自分で足糸をブチッと切りますが、その音はかなり大きいそうです。
クジラの鳴き声が大きくて、遠くまで届くことはよく知られています。彼らはこの声で数百km、あるいはそれ以上の距離間の交信をしていると、テレビなどで報道されています。音の速さは空中では340m/秒ですが、海水中では1500m/秒なので空中の4.5倍です。それでも、500km先に届くには6分近くかかるので複雑な交信はできません。おそらく、同種のクジラの存在や雌雄の確認をしているのでしょう。
海の中で太陽光が届くのは水深200mまでで、それ以深は暗黒です。そこで暮らす生物は音によって環境を認識します。音で交信し、音で餌を探し、音で雌雄を識別して繁殖行動をします。音のみが頼りですが、生物音が他の生物の生活を妨害することはありません。海中生物の生活を妨害しているのは人間活動に伴う騒音です。その発生源は船のスクリューや海中工事用の機械、資源探査のためのエアーガン、魚群探知機、洋上風力発電の振動音などです。これらの音は頻繁で大きく、遠くまで届きます。騒音の発生源は世界の海域に拡がり、海洋プラスチック同様、深海生物の存続を脅かす段階に来ています。
その状況にもう一つ加わりそうな騒音があります。それは、海底を掘削して石や泥を水上の船に運び上げる音です。作業のお目当ては海底堆積物に含まれるレアアースです。レアアースはネオジム、ジスプロシウム、インジウム、ガリウムなど聞きなれない名前の17種類の元素を指します。液晶画面、モーターの磁石、太陽光パネル、光ファイバーなどの性能を飛躍的に高めます。したがって、今日のハイテク産業に不可欠なものとなっています。
日本政府は前のめりになって海底掘削を進めようとしていて、海洋環境を考える余裕などなさそうです。その理由は、広く報道されているように、レアアースを輸入している中国との関係に起因しています。政治的な騒がしさが海の騒がしさを助長しかねない様相を呈しています。
わが国にはレアアースの問題を技術開発で克服しようとする動きがあります。ネオジムに替えて鉄・窒素化合物で強い磁石を作る技術、普通の磁石と新しい設計で強力なモーターを作る技術、インジウムを使わずに液晶画面を作る技術などはすでに成果が出ています。これらの技術を後押しすることが日本にも、世界にも、海洋にも望ましい政策のように思えます。

