転んでも
中国水工環境コラム第 48 回(2024 年 3 月)
執筆者:中国水工(株)環境アドバイザー 大田啓一
JAXA(宇宙航空開発研究所)が昨年9 月7 日に打ち上げた月探査機「SLIM」が今年1月20 日に月面へ着陸しました。SLIM は、目標地点から100mの範囲内に降り立つ「ピンポイント着陸」を目指していました。これまでの探査機の着陸は目標から10km以内とされてきましたが、SLIM は赤道南方のクレーター傍に定めた目標地点から55mの至近距離に着陸しました。驚異的な高精度着陸を果たしたことになります。
SLIM 計画主任の坂井信一郎教授は着陸の出来を100 点満点としましたが、国中均JAXA 所長の採点は63 点でした。主な理由は、着陸前にエンジン1 基が脱落し、予定した横倒し姿勢になれなかったことです。横倒しだと太陽光パネルは上向きですが、SLIM は転んで逆立ちしたのでパネルが西向きです。発電は西日が射す時間に限られます。一日に一回自転する地球では毎日、午後には西日が射しますが、月の自転は27日に一回です。日没時に着陸したSLIM は日射まで2 週間近く待たねばなりません。それまでは睡眠時間です。
この間に活躍したのが、SLIM が着陸直前に放った2 台の小型ロボット「LEV-1」と「LEV-2、愛称SORA-Q」です。可愛いSORAQはかつて子供たちが夢中になったミニカー「チョロキュー」のように月面を転がりまわり、景色を撮影します。それを「LEV-1」を中継して地球に電送します。その映像からSLIM の姿勢がわかりました。小型ロボットの開発には玩具会社も入っていて、図らずも、日本のおもちゃ技術の高さを世界に示すことになりました。
一方、眠っていたSLIM も1 月28 日には太陽光発電を開始し、早速、近くの岩石を撮影したデータを地球に送ってきました。SLIM がクレーター近くの岩石などの調査を行う目的は月の起源の解明に関わって
います。月は、今から46 億年前、地球に惑星が衝突した時に飛び散った地球の破片からできたとされています。これが本当なら、月の岩石は地球のものと酷似するはずです。それを確かめるためにSLIM は特殊カメラでの撮影など、転んでもできる仕事をちゃんとやっています。
月面へのピンポイント着陸の次の目標地点は月の南極・北極の、地下に氷があると思われる場所であろうと推測されます。着陸したら、小型ロボットが地下の氷を探索するのでしょう。氷は電気分解で酸素と水素にして、水素エンジンを動かすことができます。飲み水にもなります。近い将来、月を火星へ行くための中継基地とする場合には大きな意味を持ってきます。
先週の2 月23 日、アメリカの宇宙企業の無人宇宙船「ノバC」も月の南極付近に着陸しました。しかし、これも転びました。地球の6 分の1 とはいえ、重力のある惑星への軟着陸は難しいのです。ノバC も転びながら仕事をしています。日米の「転んでも」には多くを学ばされます。