君子三楽
中国水工環境コラム第 35 回(2023 年 2 月)
執筆者:中国水工(株)環境アドバイザー 大田啓一
孟子曰、君子有三楽、で始まる「君子三楽」は孟子の言葉で、君子のような立派な人には三つの楽(らく、楽しみ)があるといいます。一つ目の楽は、父母共に健在で兄弟が息災であることです。二つ目が、天に対しても人に対しても恥ずかしくない生き方をすることで、三つめは、世の英才を得てこれを教育することだそうです。
「君子三楽」は大学院でお世話になった先生に教えてもらったものです。先生は三つ目の楽に共感されておいででしたが、英才ではない私などは大変申し訳ない思いで聞いたものでした。昔の先生と学生の距離は近くて、研究については無論のこと、ものの見方や考え方、人の生き方から趣味に至るまで大いに議論していました。大抵はお酒が同席していましたが。
さて、二つ目の楽の原文は、仰不愧於天(仰いで天に恥じず)、俯不怍於人(伏して人に恥じず)です。天に対して恥じるには愧が使われ、人には怍が使われています。愧には自らの罪を恥じる思いがあり、怍にはきまり悪く思うという意味合いがあるようですが、今では区別なく恥を使います。
このうちの「仰いで天に恥じず」は、かつて大学の教員や職員の皆さんに話しをする際に、コンプライアンス(法令遵守)の精神として引用していました。教員のなかには事務的な規則に無頓着な人もいて、出張や物品購入の手続きをおろそかにするために事務担当の職員は困っていました。コンプライアンスの徹底は国や自治体が国公立大学に求めていたことでもありました。
次の「伏して人に恥じず」は説明が難しい言葉ですが、私は人権尊重の精神として理解していました。大学にもパワハラやセクハラがあり、アカハラ(アカデミックハラスメント、学問・研究上の嫌がらせ)もあって、人権意識の向上が必要でした。私が人権に言及する際には、この「伏して人に恥じず」を引用していました。その時には、大学にいる人達が互いに気持ちよく過ごすための心掛けとして、自省も含めて話していましたが、最近、この言葉にはもっと今日的な意義があると思うようになりました。それは、目の前の人のみならず将来の人たちに対する心掛けでもあるということです。これは地球環境に関わる際に特に重要です。
日本は2050 年までに化石燃料からのCO2排出をゼロにすると宣言しました。世界の主要国はすでに宣言しています。この宣言はこれから産まれてくる人たちとの約束でもあります。そのために原発に頼れば、放射性廃棄物の処理を含めて、数万年先、数十万年先の人たちにもツケを回すことになります。恥ずべき生き方です。
私たちは知恵を絞って、CO2 発生を抑制し、CO2 吸収源を拡大せねばなりません。グリーンカーボン、ブルーカーボンの推進は大事です。世界は日本の取り組みを見ています。世界中の将来の人たちに対して恥ずかしくない生き方をしたいものです。