環境コラム

中国水工環境コラム第32回 ジャガイモは語る

ジャガイモは語る

中国水工環境コラム第 32 回(2022 年 11 月)
執筆者:中国水工(株)環境アドバイザー 大田啓一

 世界の四大作物といえば、トウモロコシ、小麦、米、およびジャガイモです(生産量順)。最近の国際取引で目立つのは、2020 年から今年前半の小麦価格の高騰です。2 月に始まったロシアのウクライナ侵攻が原因で、両国とも主要な小麦生産国であることが影響しました。7 月には、国連とトルコの仲介
でロシア-ウクライナ間の合意が成り、ウクライナ産小麦が黒海経由で輸出可能になった時点で価格は下降に転じました。

 小麦に比べると、ジャガイモの価格は比較的安定しています。日本では国内需要の66%を自国生産していますので、生産地の異常気象が価格に大きな影響をおよぼします。その例が2021 年の北海道の干ばつです。国内生産の約8 割を担う北海道の水不足で、ジャガイモは品不足となり、ポテトチップスの製造は中止に追い込まれました。異常気象に備えて、国内生産地を分散する必要性が痛感されました。

 このジャガイモ、原産地はアンデス山地で、3000m 以上の高地ではジャガイモの野生種が今でも見られます。野生種は、今日の栽培種に比べるとイモは小さく、しかも、毒成分を含んでいます。毒成分はα-ソラニンとα-チャコニンと呼ばれる化合物で、食べると、腹痛、下痢、嘔吐などを起こします。ア
ンデスの高地に住む人々は、野生種の中からイモの大きい種類を選びだしながら、毒成分の除き方を工夫してきました(山本紀夫著「ジャガイモの来た道」)。

 上手な毒の除き方は、高地の夜の冷気でジャガイモを凍らせ、日中の暖気でこれを溶かし、出てきた水を毒成分と一緒に絞り出すことです。これを繰り返すと、毒は除かれ、イモは乾燥していきます。今日でも行われています。乾燥したジャガイモはチューニョと呼ばれ、軽くて長期保存もでき、市場で売買されています。

 歴史学や文明学の分野では、文明社会の形成には都市人口を支える食糧が必要で、それには収量が多く、輸送と貯蔵に向いた小麦やトウモロコシ、米などの穀類が適すとされてきました。私も学校でそう習いました。一方のイモ類は、重くて運びにくく、腐りやすいので貯蔵は困難です。古代都市の食糧に向いているとは言えません。

 それをひっくり返したのが乾燥食品、チューニュの出現です。これこそがアンデス山脈中央部、高度3000m のクスコを中心に、人口1000 万人を擁したインカ帝国を支えた食糧であったと山本さんは主張します。長年の現地調査によって、3000m 級の高地では、ジャガイモは育ちますが、トウモロコシは育ちにくいことも確認してきました。

 山本さんは京都大学の出身で、この分野の京大の先輩方はいずれも“古代イモ文明否定派”です。著名な先輩方を向こうに回し、丹念な調査と精緻な理論で真っ向から反論を唱えたことになります。これこそが学問・研究だと、同年代の私は思います。

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