水に流す
中国水工環境コラム第 27 回(2022 年 6 月)
執筆者:中国水工(株)環境アドバイザー 大田啓一
山口県の梅雨入りは、去年は5 月半ばでしたが、今年は平年並みの今月初旬のようです。もうじきうっとうしい日々が始まるのでしょう。それにしても、雨の多いこの月を「水無月」と呼ぶのは不思議なことだと思っていましたが、古語辞典には「みなづき」の「な」は「の」の意味の格助詞とありました。つまり、「水無月」は「水の月」で、水上(みなかみ)や水底(みなそこ)と同様とのことです。納得しました。
日本は水が豊かですから、水に関する故事やことわざには事欠きません。熊本国府高校のパソコン同好会は、43 の「水に関する諺など」を集め、その解釈をホームページに載せています。その中には「水に流す」もあって、解釈は「過去のいきさつを全くなかったことにしてとがめない。穢れや邪悪を川などで清め流してしまうことが語源で、水量豊かで清らかな川に恵まれた日本独特の思想かと。それも昔のこと、水に流したら下流は迷惑ですね。」となっています。
わが国で大量の工場排水と家庭排水を川に流したのは、経済復興期の1960 年代のことでした。その結果、川も内湾も汚染され、生物は死に絶えてしまいました。その後、法律と政治と技術と、さらに教育も動員して環境回復を図り、30 年以上かけて良好な水圏環境をとり戻すことができました。
ところが、最近、「水に流す」ことが再び問題となる事態が持ち上がりました。東電福島第一原発の放射能汚染排水を海に流すことです。原子力発電では、通常運転でも放射性のトリチウムを含む排水が発生します。排水の元は近くの海水で、発電機内の水蒸気を外部から冷やすのに使います。この海水は原子炉に直接触れることはありませんが、水中のごくわずかな重水素からトリチウムができます。そこで、各国とも排水を海水で希釈し、トリチウム濃度を下げて海洋放出しています。アメリカもフランスも韓国も、そして日本もそうしています。
しかし、福島原発の排水は別物です。原子炉内や核燃料に触れた水が含まれるので、ストロンチウムやセシウム、ヨウ素その他の放射性物質が混じっています。そのほとんどは多核種除去設備で除き、どうしても除けないトリチウムを含む水はタンクに貯留されています。増え続けるタンクの水の処分法として海洋放出することとなり、政府もこれを認めました。
問題はここに至る経緯の不透明さであって、海洋放出の方針がいつの間にか決まっていました。原発建屋に流入する地下水を遮断する工事にしても、氷の壁を作るという不確実な工法がいつの間にか決まっていました。そして、予想通りに失敗しました。多くの専門家も関与した新型コロナウィルス対策とは大きな違いです。このうえは、せめて、国際原子力機関(IAEA)や海外の専門家も交え、国際的に通用する監視体制で海洋放出をしてもらいたいものです。
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