環境コラム

中国水工環境コラム第25回 植物が持つ高性能ブレーキ

植物が持つ高性能ブレーキ

中国水工環境コラム第 25 回(2022 年 4 月)
執筆者:中国水工(株)環境アドバイザー 大田啓一

 冬と春とが行きつ戻りつの、唱歌「早春賦」の季節が過ぎると、野山も里も一気に賑やかになります。3月に入れば桜前線の北上が始まります。下関地方気象台によると、同市の今年の桜の開花は3 月25 日で、例年(ここ30 年の平均)より1 日早かったそうです。しかし、去年に比べると9日も遅く、それほど去年の春先は暖かかったということです。

 さて、今美しく咲いている花の蕾(花芽)はいつできたのでしょうか。それは、前年の夏だとされています。開花までに半年以上かかったことになりますが、夏から秋にかけての蕾は成長を止めています。この間に、蕾は厚い皮をまとった越冬芽に変わり、秋から冬にかけての冬眠に入ります。冬眠を破るのは真冬の寒さです。目覚めた蕾は大急ぎで成長し、一定の暖かさを経験したところで開花します。

 ところで、夏から秋にかけて樹木全部の蕾が成長を止めるのはどんな仕組みによるのでしょうか。それは、アブシシン酸(abscisic acid、略してABA)と呼ばれる植物ホルモンが働くためです。ABA が作られる場所は葉です。葉は昼夜の長さを測りながら、夜が長いと知った時点でABA をつくります。これが葉脈を伝わって花芽に届くと、成長にブレーキがかかります。ブレーキがうまく効かないと、晩秋に開花してしまいます。桜やツツジに時々見られる“狂い咲き”です。珍しいのでテレビには登場しますが、冬の寒さで枯死します。植物生理学者の田中修さんによると、“狂い咲き”の木は夏に葉が虫に食われた場合が多いそうです。ABA が十分量できなかったためです(田中修著「つぼみたちの生涯」)。

 ABA は植物のブレーキ役として、他にもいくつかの大事な働きをします。土壌水分が少なくなったときには、植物の葉の気孔を閉じさせます。これによって水分の蒸散を抑え、植物の萎凋を防ぐことができます。また、植物の種子を冬眠させるのも大事な働きです。冬眠は一定の温度と水が与えられたところで終わり、発芽します。農家は春の作業として種籾の水漬けをします。籾に浸み込んだ水は発芽にブレーキをかけていたABA を溶かし去り、籾は一斉に発芽します。水漬けは発芽を揃えるための農作業ですが、籾にとっては発芽後の水の存在を確認する大事な機会となっています。

 植物はこんな高性能のブレーキを持っていますが、人間はどうでしょうか。2 月24日に始まったロシア軍のウクライナ侵攻は今も続いています。ウクライナの都市は無差別爆撃で破壊され、多くの死傷者を出し、難民は300 万人をはるかに超えました。たとえこの戦争が終わったとしても、世界の経済的な締め付けは厳しく、ロシアは困難なイバラの道を長く歩むことになります。ロシアのプーチン体制にこそ高性能のブレーキが欲しいところです。

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