環境コラム

中国水工環境コラム第20回 橋の名前

橋の名前

中国水工環境コラム第 20 回(2021 年 11 月)
執筆者:中国水工(株)環境アドバイザー 大田啓一

 数年前まで勤めていた大学では、私は琵琶湖と河川の水質、特に水中の有機物を調べていましたので、学生と一緒に琵琶湖や大学近くの犬上川へよく出かけました。

 琵琶湖の東岸には北から、長浜市、彦根市、近江八幡市、大津市と並んでいて、犬上川は彦根と近江八幡の間にあります。川に架かる橋のいくつかを選び、橋の上からバケツで水を汲み、水温、pH、透明度などを測定します。測定値と橋の名前、水深、気温などを記録し、最後に有機物分析用の水試料を瓶に採って、次の橋に移ります。

 あるとき、橋の欄干の両端に付いている名札が、彦根側は平仮名で、近江八幡側は漢字であることに気がついた学生が、そのわけを私に尋ねました。県道2 号線の橋での調査を終えた時でした。そこで、私はそれまで50 年間信じてきた名札の持つ深い意味を学生に語ることになりました

 私の故郷は萩から25km ほどの田舎で、村の中を阿武川の支流が流れています。川の橋の名札は不思議なことに、どの橋でも、村の内側は平仮名、外側(萩側)は漢字でした。そのわけをお年寄りにきくと、「村に居ては平仮名が読める程度で終わるから、町に出て漢字が読めるように勉強せよ」という教えだと言います。私達はその教え通りに、中学校を終えると、「青雲の志」を抱いて橋を渡り、村を後にしたものでした。

 その話しを聞き終えた学生達は、橋の名札の意味の深さに感心し、「この名札は、彦根から京都や大阪に出て勉強しろと言っているのですね」と大いに納得しました。ところが、その意味深い話しが怪しくなる事態が間もなくやってきたのです。

 それは、2号線の橋からもう一つ下流の橋に移った時で、その橋の名札は、何と、彦根側が漢字で、近江八幡側が平仮名となっているではありませんか。さらに下って、琵琶湖に最も近い湖岸道路の橋を見てみると、ここもまた、彦根側は漢字で、近江八幡側が平仮名です。困ったことになりました。

 そこで、大学の施設担当者を通して土地開発公社に尋ねてもらうと、橋の名札(橋名板)の設置には決まりがあると言います。それは道路ごとに定められた起点と終点に対応して、橋の両端のうち、道路の起点側には漢字の名札を、終点側には平仮名の名札を設置するのがふつうだそうです。

 これに照らすと、県道2号線は起点が大津で終点が長浜ですから、彦根側が平仮名でいいのです。その下流の道路は、起点が彦根なので彦根側が漢字。湖岸道路も彦根が起点で近江八幡が終点なので彦根側が漢字となります。みな決まり通りです。

 振り返って考えてみれば、萩と私の田舎を結ぶ道路は萩が起点でしょうから、漢字表記が萩側にあっていいわけです。かくの如く、規則は物事の合理的な説明には申し分ありません。でも、「青雲の志」の話しに比べると少し味気ない気がしませんか。

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