環境コラム

中国水工環境コラム第17回 自然から学んだテクノロジー

自然から学んだテクノロジー

中国水工環境コラム第 17 回(2021 年 8 月)
執筆者:中国水工(株)環境アドバイザー 大田啓一

 東京オリンピック2020 は今、コロナ禍の中で開かれていますが、前回の東京オリンピックは国民の意気盛んな1964 年に開催されました。1960 年代は、新幹線、高速道路、高層ビルが登場し、家電製品や自動車が売れるなど、日本経済が飛躍的に成長した時代でした。

 その一方で、空気も水も汚れ、排ガスによる喘息、水銀による水俣病、カドミウムによるイタイイタイ病などが発生した時代でもありました。これらの苦い経験から、公害対策基本法(1967 年)と関連法が制定され、排ガスの規制、海や川の汚染の抑制、危険な農薬の制限などが始まりました。海の付着防止剤も改良を迫られました。

 海には船底や漁網、水中施設などに付着するフジツボ、ムラサキイガイ、海藻などの生物がいます。付着すれば船の速度は落ち、網目は詰り、海水取水口は塞がれます。付着防止に使われてきた銅化合物は毒性が強いために、低毒性のスズを含む薬剤に代わりつつありました。しかし、そのスズも生物への蓄積がわかり、金属を含まない付着防止剤が望まれていました。わが国の農薬会社はこれに応えて、安全な付着防止剤の開発に乗り出し、成功しました。

 そのころ海外には、水中生物が付着する仕組みを水中接着剤の開発に活かそうとした人たちがいました。彼らが手本にしたのはムラサキイガイでした。これはムール貝の名前でフランス料理に出てくる、黒くて細長い貝です。ムラサキイガイは足糸(そくし)と呼ばれる何本かの糸を出して、水中の岩やコンクリート、木やガラスにも付着します。足糸の先は何個かのアミノ酸から成るタンパク質で覆われていて、それが接着剤として働いています。したがって、そのアミノ酸やタンパク質を参考にすれば万能の水中接着剤ができそうです。

 期待された水中接着剤は2013 年、米国のノースウェスタン大学のグループによって発表されました。彼らは足糸アミノ酸の並び方に着目して開発研究を進めました。できた接着剤は耐水性で接着力が強く、手術後などの身体内部の傷口を閉じるのに使えることが高く評価されました。

 さらに優れた接着剤は2019 年、北海道大学のグループによって開発されました。彼らは足糸アミノ酸の性質を調べて、水をくっつけるアミノ酸と水をはじくアミノ酸が隣接して並んでいることを見つけました。これをヒントに研究を進め、水中で繰り返し使える瞬間接着剤を開発しました。付けては剥がしが繰り返せるわけです。

 考えてみれば、カワセミのくちばしは新幹線の形に、フクロウの羽の構造はパンタグラフの騒音防止に、ガの目の構造は携帯電話の無反射フィルムに、蓮の葉の構造は傘の素材に活かされているなど、いくつかを知っています。人間は多くの技術を自然から学んでいます。自然は師然なのです。

TOP
分析のご依頼はこちら