単一性と多様性
中国水工環境コラム第1回(2020 年 4 月)
執筆者:中国水工(株)環境アドバイザー 大田啓一
第1 回「中国水工環境コラム」は春らしく、桜の話しから始めましょう。
桜といえばソメイヨシノ。枝々をこぼれるばかりの花で飾り、人の心を浮き立たせます。この花の元になる花芽は夏につくられ、秋から冬の気温降下に反応して休眠に入ります。休眠を破るのは真冬の寒さです。目覚めた花芽は急いで蕾になり、一定の気温を経験した後に、一気に開花します。気温変化に対応するこのような反応は、ソメイヨシノであれば全国どこでもほぼ同じです。ですから開花は気温データを使って予報され、予報はよく当たります。
全国のソメイヨシノがなぜそれほど似ているかといいますと、みんな同じ親の分身だからです。この桜は江戸の染井村の植木職人が見つけました。たいそう美しい花でしたから、形質を保つために枝の一部を使った接ぎ木によって増やされ、全国に配られました。
交配によらない無性生殖ですから、親木と同じ遺伝子を持つクローン植物です。それ故に気温の変化に対して同じように反応するのです。寿命も同じですから、その時が来れば一斉に枯れるのでしょう。環境の激変に遭った場合には絶滅しかねません。
さて、絶滅することなく長く生き続けた生物種となると、シアノバクテリアを外すわけにはいきません。今から25~30 億年も前に海で発生し、現在も生きているのですから。
シアノバクテリアは光合成を行い、酸素(O2)をつくります。酸素は大気中に出て、上空でオゾン(O3)となってオゾン層ができました。今から5 億年ほど前のことです。これで紫外線が遮られ、おかげで生物は海から陸に上がり大繁茂できました。我々にとって大恩人なのです。
そのシアノバクテリアの太古の化石を調べていたUCLA のショップフ(J. W. Schopf)教授は、ある時代を境に細胞の形が様変わりしたことを見つけました。形も大きさも揃っていたのが、急に不揃いになったのです。どうしたのでしょうか。
教授はその理由を次のように説明しています。「原始のシアノバクテリアは、細胞が育つと単純に分裂する無性生殖を繰り返していた。しかしある時代に性分化し、雌雄交配をするようになった。その結果、細胞の形も性質も多様化したのではないか。」
かくの如くクローンは形質の単一性を維持し、一方、交配は多様性を生み出します。環境が激変した場合、形質が単一の種は適応能力を超えたところで全滅します。しかし形質が多様だと耐性のある個体は生き残ることができます。懐が深いわけです。
以上は生物界の話しですが、単一性か多様性かの選択は我々の社会においても遭遇する課題です。それを考える際に生物界の話しは案外役に立つかも知れません。