環境コラム

中国水工環境コラム第63回 水はきれい過ぎても困る

水はきれい過ぎても困る

中国水工環境コラム第63回(2025 年6 月)
執筆者:中国水工(株)環境アドバイザー 大田啓一

「きれい過ぎて困ること?それは水じゃなくて、人間社会のことじゃない?だって、次のような狂歌があるくらいだから」と皆さんは思われますか。

白河の 清きに魚も 住みかねて 元の濁りの 田沼恋しき

 陸奥白河の藩主だった松平定信は、賄賂政治の田沼意次の失脚後に老中となり、引き締め政策(寛政の改革)を進めます。放映中のNHK大河ドラマの時代のことです。とかく緩いほうに流されがちな人間には清廉潔白すぎる社会は住みにくいということですが、それとは別に、自然界においても水がきれい過ぎて困ることがあります。その一つが海苔の色落ちです。

 海苔の色落ちは海苔独特の紫の色が薄れて、緑色や黄色がかった色合いになる現象です。市場価値が下がって海苔業者には大打撃です。原因は赤色色素と青色色素の量が減り、緑色のクロロフィルや黄色のカロチノイドが相対的に多くなるためです。赤色色素、青色色素、およびクロロフィルは分子の中に窒素原子を多く持っています。水中の栄養分である窒素が不足すると、窒素はクロロフィルの生成にまわされ、赤色や青色の生成量は少なくなります。その結果、紫色が薄れて緑色と窒素原子を持たないカロチノイドの黄色が目立つようになります。

 瀬戸内海で海苔の色落ちが目立つようになったのは1990年代後半からです。原因は下水処理技術の向上によって下水処理施設からの窒素やリンの排出量が減ったためです。その結果、海苔は色落ちし、窒素・リンを栄養分とするプランクトンも減りました。プランクトンを餌とする魚貝類も減りました。水中生物の減少で水の中はきれいになったのですが、きれいになり過ぎて困ったことが起きたのです。

 その対策として採られたのは下水処理能力の調整です。春から夏には処理能力を上げて窒素・リンの放出を抑え、海苔の生育・収穫期である秋から冬には能力をやや下げて窒素・リンの排出を少し増やすというものです。日本は下水処理技術が高いが故に、どのような処理レベルにも対応することができます。その下水処理には微生物が使われていますので、微生物が活躍しやすい温和な気候帯に日本があることが下水処理能力の使い分けを容易にしているという側面もあります。

 色落ちとは別に、海苔には生産量がこの20年間落ち続けているという問題もあります。理由は海苔栽培者の高齢化で、冬の海で寒風に吹かれながらの収穫作業は高齢者には辛いものです。陸上での海苔のタンク培養はこの辛い作業をなくし、かつ、工夫次第で生産量を増やせるところから、すでに何か所かで取り組みが始まっています。注目すべき動きです。

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