日本の研究力を育てる
中国水工環境コラム第 40 回(2023 年 7 月)
執筆者:中国水工(株)環境アドバイザー 大田啓一
日本の研究力が下がっている。これは、この十数年、国内外から指摘され続けてきたことです。研究力と言われてすぐに思いつくのはノーベル賞ですが、日本は2000 年から2021 年までに21 名の研究者が受賞しています。毎年一人ずつノーベル賞受賞者が出ているのに、研究力が下がったとは何事だと思うのですが、そうとは言えないデータがあるのです。文部科学省の「科学技術指標2022」にある「質の高い論文」の推移がその一つです。
質の高い論文というのは、世界の科学者が注目し、たくさんの研究の参考とされる論文で、注目度ともいわれるものです。日本は2006 年まではアメリカ、イギリス、ドイツに次いで世界第4 位でした。ところが、2010 年には中国とフランスに抜かれて6 位になり、以後、イタリア、オーストラリアを始めスペインや韓国にも抜かれ、2020 年には12 位となってしまいました。
さらに注目すべきは博士号取得者の数です。2019 年には日本は1 万5128 人で、世界で11 位でした。問題なのは10 年前との比較で、欧米や中韓などの主要国ではこの間に増加しています。日本だけが1 割以上減少しているのです。この減少は直接的には大学院博士課程入学者の減少を反映していますが、アメリカなどの海外での博士号取得者の数も大きく減少しています。
なぜ日本の若者は大学院博士課程を敬遠するのでしょうか。それは彼らが博士号取得後の不安定な雇用状況を知っているからです。そのまま大学の正規ポストに就ける人はほとんどいません。大抵は大学や研究所で3~5 年の任期付き博士研究員(有給)となります。いわゆるポスドクです。アメリカでもポスドクは一般的で、博士号取得後に大学でおよそ6 年間の研究生活を送ります。この間にどこかの大学の助教か研究所の正規研究員の職を手に入れてポスドクを終えます。ところが、日本では正規研究職は
なかなか手に入りません。絶対数が少ないからです。そこで、大学や研究所を移りながらポスドクを繰り返すことになります。
日本のノーベル賞受賞者は、日本の研究力を上げるには若手研究者に正規雇用の機会を与え、安心して研究に没頭させることが一番だと言います。また政府の研究費の配分方法である「選択と集中」を批判します。少数の大学を選んで大金を投入するやり方は、研究力の裾野が育たないからです。地方大学にも予算を回し、常勤職を増やして若者を雇用し、研究費の底上げもすることこそ本筋だと指摘します
本コラムの原稿を書いている間に昔の大学院生から連絡がありました。大気エアロゾルの観測を一緒に行ったグループの一人ですが、新しいことを始めると言います。送られた書類にあった本人の職名はある大学の非常勤講師でした。もう40 歳前後です。何とか早く正規のポストが見つかってほしいものだと思ったことでした。