「空気のなくなる日」
中国水工環境コラム第 4 回(2020 年 7 月)
執筆者:中国水工(株)環境アドバイザー 大田啓一
岩倉政治が1947 年に発表した児童向け小説のタイトルが、この「空気のなくなる日」です。1910 年にハレー彗星が地球に接近した際に、さまざまなデマが飛び交いました。そのデマの一つに、「7 月28 日には、5 分間だけ空気が無くなる」というのがありました。
小説では、これを信じた村の一騒動を書いています。実際には、1910 年の初夏に、ハレー彗星は何事もなく地球から遠ざかり、デマも一緒に消えていきました。
デマの方はそれで一件落着となりましたが、現実のこの地球には、今日、「空気のなくなる日」が本当の恐怖となっている場所があるのです。それは琵琶湖のような深い湖と、広くて深い海の底です。
琵琶湖の水深は一番深いところで100mです。水中の酸素の濃度は、滋賀県琵琶湖環境研究センターによって定期的に測定されています。そのセンターが、例年2 月上旬にみられる全層循環が、2019 年には起こらなかったと報告しました。1979 年の観測開始以来、初めてのことでした。
琵琶湖の全層循環は、湖の表面の水が真冬の寒さで冷えることで始まります。冷えて、密度が大きくなった水は湖の底まで沈み、底にあった水は上に押し上げられます。表面まで上がった水は、寒さで冷やされてまた沈む、ということを繰り返します。結果的に、水は表面から底までグルグル回ります。これが全層循環です。
水は冷たいほどたくさんの気体を溶かし込みますから、冷えた真冬の琵琶湖表面の水も、酸素を目いっぱい溶かし込みます(酸素10 ㎎/1ℓ水)。その表面の酸素が、全層循環によって湖の底までいきわたることになります。おかげで、湖の深いところに棲んでいる魚や、エビや、泥の中のムシや細菌までしっかり呼吸できます。ですから、琵琶湖で起こる全層循環は「琵琶湖の深呼吸」とも呼ばれています。
季節が春になると、表面の水は温まり、密度が小さくなって、沈み込めなくなります。全層循環の終了です。湖の深いところの生物は、冬に届いた酸素を使いながら、一年を過ごさねばなりません。「空気のなくなる日」への接近に怯えながらです。
悪いことは実際にあるもので、昨年夏には、深いところに棲む魚のイサザとその餌のヨコエビが死んでいるのが確認されました。全層循環が不完全で、水中の酸素が少なかったためです。
琵琶湖環境研究センターは、今年、2020年の冬にも全層循環が起きなかったと報告しています。2 年続けて全層循環の不達成です。直接の原因は、暖冬のために表面の水が十分に冷えなかったことですが、その暖冬が起こり易いのは、地球温暖化が進行しているからということになります。
地球温暖化は、深い海への酸素供給にも大きく関わっています。次回のコラムではその話しをしましょう。
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