似て非なるもの
中国水工環境コラム第 37 回(2023 年 4 月)
執筆者:中国水工(株)環境アドバイザー 大田啓一
今回のコラムは見た目がそっくりなものの話しです。ブランド品の贋作のことではありません。生物のアミノ酸についてです。アミノ酸にはL-アミノ酸とD-アミノ酸があります。両者は鏡に映った姿、あるいは右手と左手の関係にあります。違いは、アミノ基(NH2)と水素(H)の位置だけです。アミノ基が左側にあるものをL-アミノ酸、右側のものをD-アミノ酸と呼びます。
アミノ酸はL もD も全く同じ化学的性質を持っています。しかし、地球の全生物は専らL-アミノ酸を使います。このようなL-アミノ酸への偏りは、30 億年近く昔の地球に発生した原始生命に端を発すると考えられています。原始生命は進化しながら、L-アミノ酸からタンパク質も酵素もつくって、L-アミノの生物界への道を拓いたものと思われます。残念なことに、原始生命体の化石が残っていないので、L-アミノ酸の存在を証明することはできません。
そんななかで出されたのが「L-アミノ酸は宇宙からやってきた」という説でした。事実、宇宙から地球に降ってきた隕石からはアミノ酸が見つかっています。しかし、隕石は地球の大気圏に突入する際に高温にさらされるので、熱で変化した可能性があります。また、地上で地球のアミノ酸がしみ込んだかも知れません。それゆえ、地球環境に触れていない地球外試料が熱望されていました。それに応えたのが「はやぶさ2」が採取したリュウグウの試料でした。
リュウグウの試料の研究は国内外のたくさんの研究者による共同研究として進められています。今年の2 月24 日には、アミノ酸についての研究結果が科学誌サイエンスに掲載された論文で公表されました。この論文は九州大学の奈良岡浩教授を筆頭に、世界の44 の研究組織に属す115 名もの研究者が名を連ねた大作です。論文の最も重要な点は、リュウグウにはL-アミノ酸とD-アミノ酸の両方が、ほぼ1:1 の割合で存在するという事実です。これによって、地球生物発生のカギを握るL-アミノ酸の宇宙起源説
は否定され、L-アミノ酸の起源は再び謎として残ることになりました。なお、リュウグウのアミノ酸のできかたについては、宇宙線などをエネルギー源とする化学反応によるものであろうされています。
ところで、私たちが住む地球は太陽系の惑星ですが、太陽系が含まれる銀河系には何千億個もの惑星があります。その中には人間と同じように進化した高等生物が住む惑星が少なからず存在すると信じられています。私たちはL-アミノ酸のみを使っていますが、別の惑星の高等生物はD-アミノ酸しか使わないかも知れません。その可能性はあるとされています。
ある日皆さんが、皆さんに瓜二つの人物に出会われたら。髪の毛1 本をもらっておきましょう。そして、アミノ酸のD、L を調べましょう。D-アミノ酸だけだったということがないように祈ります。