遠くの山はなぜ青い
中国水工環境コラム第3回(2020 年 6 月)
執筆者:中国水工(株)環境アドバイザー 大田啓一
新緑に包まれていた近くの山々は急に緑色を深くし、遠くの山は青さを増してきました。遠くの山は冬でも青いのですが、初夏から盛夏の晴れた日には青色が一段と濃くなります。一体どうしてでしょうか。
これは1 マイクロメートル(㎛、千分の1 ㎜)以下の空中の微粒子が、可視光の中の波長の短い青い光を四方八方に反射するためです。レイリー散乱と呼ばれています。可視光には波長の長い黄色や赤色の光もありますが、青い光が強く散乱されるので空も遠くの山も青く見えるのです。
しかし最近の山は空よりもっと青く見えます。また世界には青さで有名なジャマイカのブルーマウンテン(一部がコーヒーの産地)、オーストラリアのブルーマウンテン国立公園(ユーカリの森林)などもあります。一段と青く見える山と自分の間には、空と自分の間にある微粒子以外に何かがあるように思えます。
それを最初に問題にしたのはミズーリ植物園にいたウェント(F. W. Went)でした。彼は植物が出す揮発成分が大気中での酸化反応を経て微粒子に変化し、それが青い光を散乱するためだと考えました。実際、オゾンが少量入ったガラス箱に手で揉んだ松の葉を入れて、青い煙が発生することも実験で示しました。1960 年のことです。
松やヒノキやユーカリの香りはテルペンと呼ばれる化合物で、森林浴の主役です。大気中での反応は1980 年代に解明されました。微粒子の発生も確認され、大気化学反応の新しい分野を拓きました。
その頃、私は樹木と草類の気体成分の発散量を調べていましたので、気体成分から生成する微粒子が山を一層青く見せるという学説は大いに納得いくものでした。
しかし環境科学分野ではそう簡単に事は決着しません。アメリカとロシアの森林の2.5 ㎛以下の微粒子を調べていた研究者達は、微粒子の主成分は硫酸と硫酸アンモニウムで、テルペン由来の成分は少なかったという論文を1984 年に発表しました。
大気中の硫酸類は、石炭の燃焼で発生した亜硫酸ガスが大気中の反応を経て辿り着く汚染物質で、酸性雨の原因です。当時は酸性雨の被害が森林地帯で深刻でしたから、酸性雨研究者には「やっぱりね」の結論でした。ちょっと味気ない気はしますが。
しかしまだ続きがあります。30 年前に比べて今は大気汚染レベルがずっと下がりました。でも夏に向かう山が空より青いのは昔と変わりません。それゆえ、今日の技術で、特に1㎛以下の粒子を精査する動きがあります。人間活動と森林の活力の時代変化を描き出すことになるでしょう。
科学の深掘りとは別に、ホッとする話しをいたしましょう。夕陽が赤いのはレイリー散乱で説明できますが、こんな小噺はいかがですか。夕陽が赤いわけを子供に訊かれてお父さんは言いました。「それはなあ、お日様だって寝る前に一杯やるからさ。」