ヒ素のない水を求める国
中国水工環境コラム第 22 回(2022 年 1 月)
執筆者:中国水工(株)環境アドバイザー 大田啓一
日本への留学生は1983 年に始まった国の「留学生10 万人計画」を機に増え、私の研究室にも常に4、5 人の留学生がいました。そのなかのバングラデシュ出身の大学院生にはある特徴がありました。それは水中のヒ素を研究したいということです。
彼らの国の飲み水は主に地下水です。これにヒ素が含まれる地域が多く、人口の約2 割にあたる3 千万人余がヒ素汚染水を飲んでいます。その結果、1 万人超が皮膚病やガンなどのヒ素中毒に苦しんでいます。大学はヒ素の調査と対策に力を入れているので、学生もそれに貢献したいのです。
ヒ素は地下の岩石の成分です。近年、これが水中に溶け出すようになりました。原因は地下水の大量汲み上げによる地下環境の変化です。その岩石はヒマラヤ山脈が起源です。ヒマラヤの岩にはヒ素を多く含むものがあります。これが風化で砕かれて川によって運ばれ、堆積したわけです。そのため、ヒマラヤを源流とするガンジス川(河口がバングラデシュ)、インダス川、メコン川、黄河などの中・下流域では共通的に地下水のヒ素汚染がみられます。
日本の水道は主にダム湖や河川の水(地表水といいます)を使いますが、バングラデシュの地表水は家庭や工場の排水による汚染がひどく、浄化に膨大な費用がかかります。この点、地下水は砂の層を通るので濁りと細菌が除かれています。しかし、ヒ素が入ってきます。大きい都市には水道がありヒ素のない地下水が供給されますが、水道代を払えない人や農村部では井戸の地下水をそのまま飲んでいます。ヒ素が除ける安価な浄水装置が切望されていることを同国へ出張するたびに痛感してきました。
それに応えようと、私の友人は来日して研究室に滞在し、水中のヒ素を吸着する素材を探したことがあります。彼はシリカゲル、アルミナ、炭の粉など思いつく素材を片っ端から試験した結果、活性炭が最も効率のよいヒ素吸着剤であることを見つけました。活性炭は燃やせるので、吸着したヒ素を使用後に回収するのも楽です。問題は彼の国で活性炭をどうやって手に入れるかです。
活性炭の主な原料は木材やヤシ殻ですが、林地が少ない国なので入手は困難です。輸入では高くなります。地産品で活性炭の原料になるものを探すうちに、この国は竹が豊富なことに気がつきました。太い竹竿は建築資材として使われています。これで活性炭を作ればよいのですが、ここには竹を活性炭にする技術がありません。
幸いなことに山口県には宇部市など、竹の活用に熱心な地域があります。竹の活性炭の安価な製造技術もあるはずです。これをバングラデシュの研究者が学び、自国の竹を使ってヒ素の除去に特化した活性炭を作り出せば大きな救いとなります。その道を拓きたいと思っているところです。