環境コラム

中国水工環境コラム第19回 怠け者の意義

怠け者の意義

中国水工環境コラム第 19 回(2021 年 10 月)
執筆者:中国水工(株)環境アドバイザー 大田啓一

 アリは私たちの生活圏の近くに住んでいて、季節に関わらず目にする昆虫です。いつも忙しそうに歩き回っていますので、よほどの働き者に違いないと思ってしまいます。そんな思いはイソップ物語の「アリとキリギリス」という寓話の影響かも知れません。寓話は人を諭すための話しですから、アリとキリギリスを登場させて、先を見通さずに怠けている者を諭そうとします。そこまではいいのですが、私たちはそこに留まらず、すべてのアリが働き者だとついつい思いこんでしまいます。

 しかし、アリの実態は大部ちがうという論文があります。著者は北海道大学の長谷川英祐先生たち。論文題目は「働かないワーカーは社会性昆虫のコロニーの長期存続に必須である」で、2016 年、イギリスのScientific Reports 誌に載っています。内容は、「アリのコロニー(集団)には普段ほとんど働かないアリがいて、この怠け者は他のアリが働けなくなった時に働く。コロニーには手を抜くとコロニー全体が大打撃を受ける仕事がある。その仕事をしているアリが疲れて働けなくなると、怠け者アリが代わって大事な仕事をこなす。だから集団の維持に必須だ。」というものです。

 アリが社会生活を営む様子は前回の本コラムでも見てきました。コロニーのほとんどは働きアリで、手分けして様々な仕事をこなします。なかでも大事なのが卵の手入れです。アリの卵は細菌に弱く、放っておくとすぐに腐敗してしまいます。働きアリの寿命は1~2 年と短いので、卵の腐敗は次の世代の働きアリの欠損となりコロニーにとって大打撃です。そのために、常に誰かが抗菌性の唾液を使ってクリーニングしています。そのアリが疲れた時はピンチですが、そこに登場するのが例の怠け者。これがお務めを果たしてくれるので、コロニーは事なきを得るわけです。

 ある集団の仕事量を短期的にみれば、一部のメンバーを外すより、全員が一斉に働く方がはかどります。しかし、これでは全員が一斉に疲れ、中断してはならない仕事に穴が空きます。その時のための要員を残すのは、短期的な効率は悪くとも、長期的な持続性では優れているといえます。

 コロニーのアリの数は100 万匹とも数百万匹以上ともいわれます。その約2 割が怠け者アリだそうです。では、怠け者と他のアリとの違いはどこからくるのでしょうか。それは、仕事への参加に対する「腰の軽さ」(専門用語で反応閾値)に個人差があるからだと、長谷川先生たちは説明します。どんな仕事へもすぐに参加する個体と、仕事の滞り方がひどくなってようやく参加する個体があるということです。

 私たち人間の世界とアリの世界とを比較するのは意味がないことですが、働く気になった時に働けばいいという世界があることを聞くと何かホッとしませんか。

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