環境コラム

中国水工環境コラム第12回 春の厄介者「黄砂」

春の厄介者「黄砂」

中国水工環境コラム第 12 回(2021 年 3 月)
執筆者:中国水工(株)環境アドバイザー 大田啓一

 3 月になると、季節の言葉である「風光る」を実感します。明るい風は結構ですが、その風が運んでくる花粉と黄砂はいけません。各種の花粉による花粉症患者は、今日、国民の半数を超えています。一方、黄砂は昔からありましたが、地球環境との関わりがわかってきたのは最近のことです。

 黄砂の発生場所は中国内陸部の砂漠や乾燥地です。春になって地面が乾くと、強い風が吹く度に表面の細かい土や砂が空に舞い上がります。これが黄砂です。黄砂は東向きの風に乗り、中国沿岸部、韓国、日本を越えて、太平洋へと運ばれていきます。黄砂の大部分は中国国内で空中から落ちるので、中国では大変な砂塵となります。日本まで来ると、黄砂の空中濃度は下がり、粒子の直径も1000 分の3mm 程度と小さくなります。これくらいの微粒子は、湿気を集めて霞のように漂うので、西日本では春
の風物詩とされてきました。

 ところが、2000 年以降は様子がガラリと変わりました。黄砂は日本全国を覆い、飛来回数も増え、空中濃度も高くなりました。最近では、有害なPM2.5 も付着しています。気象庁はこの変化の原因として、中国内陸部の乾燥化が進んだことと、乾燥域が東に拡がったことを挙げています。また、PM2.5は中国の大気環境の悪化が原因です。

 黄砂は洗濯物や車の窓を汚し、健康への懸念もあり、私たちには春の厄介者ですが、北太平洋のアラスカ湾に棲む植物プランクトンは、その黄砂を待ち望んでいるのです。お目当ては黄砂の中の鉄です。植物プランクトンには栄養分として窒素(N)とリン(P)が必須で、どちらが不足しても増加で
きません。ところが、アラスカ湾には両方ともあるのにプランクトンが増えません。なぜでしょう。この謎を解いたのは、アメリカの海洋化学者マーチン(John Martin)で、1989 年のことです。

 マーチンは苦労してアラスカ湾の海水を分析し、鉄が極端に少ないことを見つけました。彼は、「植物プランクトンが増えるにはN やP とともに鉄も必須ではないか」と考えました。そこで、アラスカ湾海水に鉄を加えて植物プランクトンを観察したところ、プランクトンは増加しました。

 さらにマーチンは、アラスカ湾は黄砂の届きにくい遠距離なので鉄が不足すると説明しました。この説明は、アラスカ湾同様にN もP もあるのにプランクトンが少ない赤道海域や南極海でも、鉄があればプランクトンは増えることを示唆しています。この示唆はマーチンの「鉄仮説」と呼ばれましたが、当時は疑問視されていました。

 1990 年代に入って、多くの研究者によって各海域への鉄の添加実験が行われました。その結果、「鉄仮説」は正しかったことが証明され、「鉄理論」へと格上げされました。しかし、マーチンはすでに亡くなっており、その栄に浴すことはありませんでした。

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