黒潮が運ぶもの
中国水工環境コラム第10 回(2021 年1 月)
執筆者:中国水工(株)環境アドバイザー 大田啓一
ここ数回の本コラムでは、水が海と空と陸の間で循環する様子をみてきました。
水は海の中でも循環しています。グリーンランド沖の海水が深く沈み込んで、大西洋、南極海、インド洋、太平洋を巡る「深層循環」はすでに紹介しました。海にはもうひとつ、海面から数百m までの表層を循環する「海流」があります。今回は、この海流についてお話しします。
世界の海には、10 余りの大きな規模の海流があります。私たちがよく知る「黒潮」も、もちろん、そのなかに含まれています。黒潮は流れが速いことで有名で、世界的に広く知られています。なお、黒潮という名前は、フィリピン沖から房総半島沖までの海流に与えられたものです。
房総半島沖から先の海流は、東向きにアメリカ西岸へ進み、続いて、赤道方向に南下します。赤道の北側で、西向きの海流になってフィリピン沖へ達し、黒潮として北上します。こうして、北太平洋の表層を循環する、全長24,000km の「北太平洋海流」の環が完結します。この北太平洋海流の水は、3年足らずで一巡すると見積もられています。グリーンランド沖発の深層循環が、1000 年から2000 年かけて一巡するのに比べると、桁違いの速さです。
ところで、北太平洋海流を動かす原動力は何でしょうか。それは、赤道の北側を常に吹いている「貿易風」です。貿易風が東から西に吹きながら、海の表面をぐいぐい押すので、赤道北側の海水は西向きに動きます。この動きが次々に伝わって、北太平洋海流の環が回ります。世界のほとんどの海流は、北太平洋海流と同じように、海上を吹く風によって動かされています。それゆえ、海流は「吹送流」と呼ばれます。
海流が地球環境の維持に果たす大事な役割は、熱の南北輸送です。北半球では、熱帯海域で温まった海流が熱を北の海域に運び、北の低温を南の海域に運びます。南半球では、熱帯の熱は南に運ばれ、南の低温は北に運ばれます。その結果、南北の気温がならされることになります。日本やニュージーランドの温和な気候には、海流が運ぶ熱が貢献しています。
黒潮が日本に運ぶものは、熱帯の熱やカツオなどの回遊魚以外にも、いろいろあります。その一つがヤシの実です。民俗学者の柳田國男は、ヤシの実が愛知県の衣良湖岬に漂着するのを見て、日本人祖先の「南方渡来」を直感しました。それを聞いた島崎藤村は、想像を膨らませて、誰もが知る詩「椰子の実」を世に出しました。
一方、宮崎県生まれの若山牧水は、故郷の都井の岬に漂着したヤシの実を見て、つぎのような歌を詠みました。
海岸に漂着したヤシの実の価値は、見つけた人しだいで決まるものです。