環境コラム

中国水工環境コラム第53回 紅麴菌の悲哀

紅麴菌の悲哀

中国水工環境コラム第 53 回(2024 年 8 月)
執筆者:中国水工(株)環境アドバイザー 大田啓一

 紅麹菌はカビの一種で、キノコや酵母の仲間です。これらは分類学的には真菌類と呼ばれています。真菌類は、大腸菌やサルモネラ菌が属す細菌類とは細胞の造りが違います。カビは細胞の中に核を持ち、その中に遺伝子を納めていますが、細菌類には核がなく、遺伝子は細胞の中でむき出しです。遺伝子への敬意が違うわけです。

 現在、カビは8 万種以上が確認されています(文科省「カビ対策マニュアル」)。その中で、紅麹菌は小林製薬(株)の紅麹サプリメントのおかげで最も有名なカビになってしまいました。紅麹は紅麹菌と蒸し米から作る発酵食品で、血液中のコレステロールを減らす効果があります。有効成分はモナコリンという化合物です。ところが、昨年から今年にかけて、同社の紅麹サプリメントを摂取した人が体調不良を訴えていたことがわかりました。

 日本腎臓学会の調査によると、体調不良の人には腎機能障害、食欲不振、けん怠感、尿の異常などの症状が認められました。腎機能障害ということで真っ先に疑われたのは、カビがつくる毒素のシトリニンでした。シトリニンは腎臓や胎児に毒性を示す成分で、紅麹菌もこれをつくることが知られていたからです。小林製薬もこのことは心得ていて、シトリニンをつくらないタイプの紅麹菌を選んで使っていました。実際、同社のサプリメントからはシトリニンが検出されませんでした。

 では、紅麹サプリメントに含まれていた毒成分は何か。小林製薬の調査の結果、プベルル酸という化合物が見つかりました。これもカビの毒成分ですが、紅麹菌ではなく、青カビがつくる成分です。なぜ青カビの成分があったのか。それは、紅麹の製造タンクに混入した青カビによることがわかり、なんともお粗末な幕切れとなりました。かくして、紅麹菌は有名になり、一度は悪者扱いされ、最後には名誉を回復する道を辿りました。その過程で、自社の衛生管理のずさんさを暴くことになり、気まずい思いをしているかもしれません。

 紅麹菌の赤い色は複数の色素によるもので、沖縄の紅酒や紅豆腐の色となっています。紅麹菌とは別のカビがつくる色素ですが、私は卒業研究で鮮やかな赤色色素に接しました。指導された先生の指示に従って、ほぼ一年間、その色素を使った有機反応の実験をさせてもらいました。60 年前のことです。その時の研究室は「応用微生物学研究室」、略して「応微」でした。

 「応微」での主な研究内容は、キノコとカビの培養、放線菌の探索と培養、色素の有機化学などでした。私は微生物培養が苦手で、雑菌がよく混入していました。先生はそれを見抜いておられて、私を色素の有機化学にまわされました。培養が下手なおかげで有機化学の基礎訓練ができ、これはその後の専門分野の研究で大変役に立ちました。皮肉な幸運でした。

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